ブログ

Blog

サスティナブルな生き方〜私らしい行動の選択〜

 末っ子の私は幼い頃は引っ込み思案で、何をするにも
沢山の勇気と誰かの後押しがないと行動ができなかった。

 

習い事をするにも、友達がいること、
向かった先で想定範囲内安心であることが必要だったから、
想定範囲外のイメージができると途中でやめることもした。

 

そんな私は中学校からは
友達に合わせることがなんとなく窮屈になり始めて
いろんな友達と付き合い、部活を選択するのも

「自分がしたいこと」を選び始めた。

 

だけど、心の中では周りからどのように見られるのか
恐れて心の中はいつも窮屈だった。

 

大人になるにつれて、心配性の自分に嫌気がさして、
「なんとかなる」根性で、興味があることはどんどん行動していくようになった。

 

いつの間にか、行動力がある人になっていった。

 

行動をすると、いつもこれまでとは違う世界を見ることができた。
失敗も沢山した。
沢山の遠回りもあった。

 

それでも、行動をすることで目標を叶えることができることを
知っていたから、直感で後先考えずとにかく行動し続けるようになっていった。

 

気付いたら、
幼い頃の私からは想像できないくらい社交的になっていった。

 

20代〜30代はとにかく駆けずり回っていた。
爆走という言葉がとてもハマる。笑

 

爆走して夢を叶えていく過程は、楽しいけれど、


大切なものを見失いがちになることも知った。

 

目の前の「ある」から意識が逸れると、
未来空想の「あってほしい」にばかり気を取られてしまったり、

ふと気づくと、目の前の「ある」がなくなっていたり
ということもあるものなのだ。

 

とはいえ、そんな時代も人生の中での体験としては
必要な過程だなとも思う。

 

子育て時代は、仕事と家族の狭間で揺れる。
仕事も楽しくなっていくし、
子供も今しか見れない成長を見逃したくない思いにもなる。

 

その狭間での葛藤を経験して今思うのは、
どちらかに偏る必要もなく、

 

「欲張りに生きたらいい」

ということ。

 

どちらも自分にとって心地いい状態
どのようにしたら実現できるのか

 

バランスを見極める。

 

どちらかに偏れば、どちらかへ罪悪感が生まれる。
罪悪感を感じると、またどちらかへ偏る。

 

この繰り返しなのだ。

 

その繰り返しもまた、人生の醍醐味なのか。
とも思うけれど、笑

 

欲張りに生きるためには、
古い価値観思考の癖を削ぎ落としていく過程も
必要になってくる。

 

そんな時に周りが気になることもある。

 

それでも、人はいつも
自分の人生を生きているのは自分なのだ。

 

後から「自分」に言い訳をする人生にするのかどうかも
自分次第なのだ。

 

夢を叶えるには行動は不可欠。


40代になった私は今、

 

「サスティナブル」を意識し始めた。

 

持続可能な選択を保守的ではなく前進して選んでいく。

 

いつも思うのは、


「私はどんな世界を見ていきたいか」

 

私が見ていきたい世界は、
調和な世界。

 

その軸が私の選択の基準。

 

とはいえ、これからも失敗と感じることもあるだろうけれど、
今はもう、失敗すら課題をいただけたギフトとして捉えることができるようにもなった。

 

流れに身を任せて、進んでいく。 
多くの失敗というギフトを受け取って、
軸だけは、もうブレることはないだろうな。
という確信はある。

 

ではまた!